月刊 現代農業12月号 花・野菜 嬬恋のキャベツが変わり始めた
1: "店もちが悪い
「どうも嬬恋のキャベツは、予冷していても荷傷みが早い。市場からそう言われたんです」
群馬県嬬恋村農協の営農課長・滝沢孝好さんは、当時の頃を思い出して、そう話す。
「嬬恋村のキャベツはみずみずしくておいしい―――」降水量が多めであることから、世間ではそう評価されてきたのだが、昭和から平成に移る頃、「おいしいけどしおれが早い」「輸送中に傷になったところから傷みやすい」という声が聞かれるようになったという。
硝酸が原因だ
平成3年、村に役場や農協、農家が一体となって「野菜研究会」という組織ができた。村全体で500人ほどの野菜生産者の中から、各地区の出荷組合の役職など数10人を集めた研究会だ。滝沢さんは、とりあえずその研究会で、キャベツの店もちの勉強をしてみようと、種苗メーカーである渡辺採種場の販売部長・佐藤さんを講演に呼んだ。
「佐藤さんは、私の古くからの知り合いで、以前から野菜の硝酸はいずれ大きな問題となるということを話していたんです。チッソのくれすぎは悪いということは漠然とわかっていたけども、くれすぎるといったいどうなるのかがわからなかった。それで佐藤さんに来てもらって勉強会を始めたんです」
10数人ほど集まった勉強会の席で、佐藤さんは、店もちが悪いのは硝酸が原因であることを話した。
硝酸とは硝酸態チッソのこと。肥料として与えたチッソは土壌中でアンモニア態チッソもしくは硝酸態チッソの形でいる。作物は主に硝酸態チッソを好んで吸収、葉で還元してアンモニアとし、さらにアミノ酸からタンパク質へと同化させ、茎葉がつくられる。ところが、施肥チッソが多すぎたり、光合成の力が弱いと、この還元同化がうまく進まず、硝酸が蓄積してしまう。いわゆる「チッソがダブつく」とか、「未消化チッソ」といわれている正体が、硝酸態チッソなのだ。
この硝酸が蓄積すると、店もちが悪いだけでなく、病気や害虫にやられやすく、人の体にもよくない。反対に、収穫期にむかって硝酸が減ると糖度が上がり、栄養価も高まることを、佐藤さんは話した。
メモ: 作物の硝酸の害とは?
硝酸の人体への害作用については、次のようなものが知られている。(1)トマトジュースなどの食品に含まれる硝酸イオンが缶の腐食をすすめてスズを溶かしだし、このスズが食中毒発生の原因物質となる(2)硝酸が亜硝酸に還元され、亜硝酸が血液中のヘモグロビンに作用、酸素を運ぶ能力をもたない血液が体内循環し、各細胞は酸欠状態となり、中毒をおこす(3)硝酸から変化した亜硝酸が食品中の第2級アミンと反応して、発ガン物質として知られるニトロソアミンを生成する、など。なお、硝酸含量は、全般に葉菜類で多いが、ゆでることによってその多くはゆで汁に溶け出す(農業技術大系土壌施肥編第2巻「硝酸含量」の項より)。
これらのことから、オランダやドイツなどの諸外国では野菜の硝酸濃度について基準値・上限値を定めている。
高度化成から有機質肥料へ ●仙之入地区 石野時久さん
石野時久さん。
「自分でつくったキャベツを自分の子どもに自信を持って食わせられないのは、まずいんじゃないか」と、農法転換中
石野さんと同じ仙之入地区の園田栄一さん。キャベツの糖度を測る。冬のキャベツは7~8度あるが夏のキャベツは5~6度がいいところ(*は赤松富仁撮影)
自分がつくったキャベツは体に悪い!?
これを聞いた仙之入地区の石野時久さんはショックを受けた。
「それまで硝酸態チッソという言葉は聞いたことはあったかもしれないけど、何のことかちゃんとわかってなかった」
「佐藤さんが目の前で、嬬恋産のキャベツの硝酸態チッソ含量を測ったんだよ。そうしたら、その値が人の体によくないくらい高いものがあったんだよ。これまで自分が一生懸命いいものをつくろうと追求してきたつもりだったのに、よい出来だと思ってきたキャベツはじつは見た目だけで、中身は硝酸が多くて体に悪いかもしれない。自分がつくったキャベツを自分の子どもに食わせられないようではまずいよなって思った」
これからは、キャベツのよしあしは見た目じゃなくて、硝酸や糖度を測ってみないとわからない。石野さんはそう実感した。
糖度6度をめざす
石野さんは、「有機質肥料であれば肥効がゆっくりだから、キャベツが一気に大量に吸うことはなかろう」と判断し、5年前から、チッソ肥料を全量有機質に替えた。それまで高度化成100%だったのを有機質肥料(7―7―4)100%に切り替えたのだ。有機質肥料はライムソワーで散布しやすい粒状のものだ。さらに「施肥量の多いものほど硝酸含量が高まる」ので、元肥の施肥量も減らした。例えば、「YRSE」という品種だったら、これまでチッソ20kgふっていたのを18kgという具合に。
さて、石野さんは隣りどうしのキャベツの葉が触れあう頃、結球開始時に、硝酸を硝酸イオンメーターで、糖度は出荷直前に糖度計で、それぞれ測った(計測機器のメーカーについては2001年10月号272頁参照)。ところが、硝酸は低いときもあるし、高いときもある。糖度はなかなか上がらない。
「どうも生育初期の硝酸が高くないと糖度ものらないみたい。かといってチッソを増やしたら、収穫時の硝酸も高くなっちゃう。緑が濃くないキャベツは硝酸が高くなくていいけど、糖度も4とか5度しかない。6度をめざしてるんだけどね」
でも、肥料を替え、施肥量を減らしたせいか、以前に比べれば収穫時の硝酸は減ってきたのだろう。作柄が割とよくなってきた。収穫時に向かって硝酸が減ると、キャベツはそのぶん体(茎葉)を充実させる。最近は農薬をかける間隔をあけても大丈夫になってきたし、歩留まりもよくなってきたと感じているところだ。
葉面散布でコントロール ●大笹地区 佐藤功次さん 三富正繁さん 松本一行さん
左から長井出荷組合の佐藤功次さん、松本一行さん、三富正繁さん。葉面散布で腐れが減ってきた
一番お金になるL玉8個入り(10kg箱)。天候しだいでL玉でとまってくれないのが共通の悩みだったが……(*)
葉面散布剤で荷傷み減った
大笹地区の長井出荷組合に所属する佐藤功次さん、三富正繁さん、松本一行さんは、村で硝酸問題が騒がれ出した頃、メーカーからすすめられた葉面散布剤を使いだし、今ではすっかり夢中だ。松本さんが5年前に使いだして、結果がいいので、他の2人にも広がった。
この組合でも、やはり荷傷みが問題化していた。そこで出荷箱の中に吸水マットを敷いて対応した。露が付いたままキャベツをダンボールに詰めるので、露を吸い取れば傷みが減らせるのではないかと思ったからだった。しかし、そこへもっといい資材が現れた。「ファイン」というその葉面散布剤は、植物が長いあいだ堆積してできた腐植から抽出した液体で、作物体内の硝酸を消化させる働きがあるという(148頁)。これを使うようになってから、荷傷みがほとんどなくなったという。
「オレは後から追肥するのがいやだから、もともと元肥主義で多めにやるタイプ。でも葉面散布剤を使えば、硝酸を消化させられるから、腐れも減るってわけよ。それに虫も減るし、糖度も1~2度上がる」と三富さん。
チッソがコントロールできるから、L玉でとめられる、畑に長くおける
さらに、3人が喜々として話してくれたのは、キャベツがL玉でとめられることだ。
いまキャベツは、1箱L玉8個入り(10kg)がもっともお金になる。農家はL玉を多く出荷すべく、出荷計画に合わせて決まった数量を植え付けている。でも、ひとたび雨が降るとキャベツの生育はすすんでしまい、前の作付けのキャベツとかちあい、収穫しきれなくなる。結局、2Lにしてしまったり、裂球させてしまったり、畑で腐らせてしまう。
ところが、雨が降って生育がすすんだとき、この葉面散布剤をかけると、キャベツの体内硝酸が消化されて、生育が抑えられるというのだ。佐藤さんは「出荷予定日より20日間ぐらい畑に置いておける。それでも腐らない。相場をうまく読めば大当たり」とまで言う。今までお天気任せだったキャベツの生育が、チッソ(硝酸)のコントロールができるようになって、生育調整できるようになるのだ。
「でも倍率が難しい。間違うと生育は抑えられないか、ピタッと止まっちゃう。失敗しないと覚えられねえよ」
現在、収穫期の硝酸イオンは2枚目の外葉で2500~3000ppmをめざしている。
根っこをつくれば作物自身がコントロール ●大笹地区 佐藤恵一さん
キャベツを休ませ、緑肥を播いて起こすと、物理性改善になり、自然災害に強くなる(写真は佐藤さんの畑ではありません*)
基本は畑づくりと苗づくり
大笹地区の佐藤恵一さんは、本当にうまいキャベツにこだわる農家だ。佐藤さんも、いざというときは葉面散布剤を使って硝酸を減らすが、基本は畑づくりと苗づくりだという。
「水はけのいい畑ができれば、どんなに雨が降っても根腐れしない。根張りがよくて葉が厚い健苗ができれば、腐れの少ない糖度の高いキャベツができるんじゃないかい。作柄は苗で8割決まる。ようは根っこだよ」
リン酸をよく吸える根っこ
たとえば、佐藤さんは、村では珍しく緑肥(エンバク)のすき込みをしている。11haある面積のうち、キャベツの作付けを9haにして、残りを休ませて畑をまわす。土の物理性を改善して、水はけをよくするためだ。
「減農薬・減化学肥料栽培」のシールが貼られた出荷ダンボール。元肥に有機質肥料と微量要素肥料を使い、出荷前の畑で硝酸値を測るようにしている(*)
また育苗は自宅近くのガラス温室で行なう。標高の高い嬬恋村では、2~5月の春まきキャベツの育苗は標高の低い他町村で行なわれるのだが、佐藤さんは自宅育苗だ。
「ハウスだと水もチッソも切れる。すると、硬い苗ができる。そういう苗は養分に飢えてるから、植えると肥料の吸収がよく、それでいて葉の細胞膜が丈夫だから水分蒸散が少なく、病気にもかかりにくい。家のそばに苗床があると、そういう細かい管理ができる」
チッソばかりを吸収せずリン酸をよく吸収できる、毛細根が発達した根っこをつくることができれば、作物は自分で硝酸を同化させる力を持っている。そういう根っこの体質は苗のときに決まり、一生ついてまわるのだ。
ただ、そうはいっても、晴天が続いたあとに雨が降ると、生育はどうしても進んでしまう。出荷予定日がズレそうなとき、佐藤さんは、リン酸や微量要素を吸収させて硝酸の消化をすすめるとされる「メリット」(148頁)を使う。そのときは必ず外葉の硝酸を測り、その値により倍率を変えている。何ppmのときに何倍でかけたらいいかは、何回も自分で試して経験を積むしかない。
指導員に糖度計と硝酸イオンメーターを
こうして「野菜研究会」の勉強会をきっかけに、農家はそれぞれに、硝酸を減らし、糖度を高める取り組みを始めた。
いっぽう農協でも、各支所の指導員に糖度計と硝酸イオンメーターを持たせ、収穫前のキャベツを測り始めた。
とくに平成1年から本格的にスタートした「減農薬・減化学肥料栽培」では、元肥に有機質肥料と微量要素肥料を使い、出荷前に畑で指導員が硝酸値を測るようにしている。ただし、現段階では硝酸と糖度の値や測定していることを市場にも公表しておらず、内部取り決めだ(この栽培の面積は現在500haに及び、全作付面積2860haの約5分の1)。
また販売価格は相場に左右され、通常の栽培より高いときもあれば、安いときもある。本当はこれらの栽培努力が価格に反映されれば申し分ないところなのだが、店もちがいい品物は、確実に、優先的に取引される。ここ数年、嬬恋村のキャベツは確実に硝酸が減り、店もちがよくなってきた。
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